2022.8.06

主 題 福音は魔術でも、売りものでもない

聖 書:使徒8・4~25 

 

(はじめに)

ペンテコステにおいて誕生したキリストの教会は、小さな群れでした。しかし、聖霊を注がれて、エルサレムを中心に爆発的にその数を増やしていきました。

 ところが、ステパノの殉教と共に始まった迫害により、キリスト者たちはエルサレムにいられなくなり、彼らはユダヤとサマリアの地方に散らされて行きました。の彼らはただ逃げて行っただけではありませんでした。彼らは散らされて行った所で福音を宣べ伝えたのです。そして、そこにもキリストを信じる者が起こされ、キリストの教会が建っていったのです。 

このユダヤとサマリアの地方にキリスト者たちが散らされることによって、主イエスが昇天される時に告げられた預言:

(使徒18

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。

そして、

エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、

また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」 

の成就が始まることとなったのです。

 

1.     サマリヤ人への宣教(4~8)

1.1 ユダヤ人とサマリヤ人   

 北イスラエル王国は、B.C.722年にアッシリア帝国によって滅ぼされました。アッシリアは、北イスラエル王国の領土に他の地域の人々をたくさん移り住まわせました。当然、移り住んで来た人々は自分たちの宗教を持ち、自分たちの神を信じていました。

それ以来の長い間に元の北イスラエル王国の人々は、移り住んで来た人々と混じり合い、信仰的にも同化していきました。 

このような歴史のゆえに選民意識の強いユダヤ人と、サマリヤ人との間には根深い不信と確執の歴史がありました:

・多くのユダヤ人はサマリヤ人を人種的に汚れており、宗教的に劣った存在と考えていました

・一方、サマリヤ人の中にも、イスラエルの神を礼拝し、モーセの律法をまもり、ゲリジム山でメシヤの到来を祈

 り待ち望んでいた人たちも多くいました 

またマタイの福音書の中で、イエスは弟子たちに、「異邦人の道に言ってはならない。またサマリヤ人の町に入ってはならない」(マタイ105)と命じていました。

しかし、エルサレムの教会に対する激しい迫害のゆえに、ここでピリポは、サマリヤ人のなかに入って行くことになりました。

 

12サマリヤ人への宣教

5 ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。

6 群集はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。

7 汚れた霊につかれた多くの人たちからは、

その霊が大声で叫んで出て行くし

多くの中風の者や足のなえた者は直ったからである

8 それでその町に大きな喜びが起こった。

 

このサマリヤの地に、ステパノの同僚執事であったピリポが宣教に入って行きます(5)

そこでピリポは、その町で人々にキリストを宣べ伝えます:

・サマリヤの人々が熱心に待望していたメシヤが→今やイエスにおいて到来したことを公に宣言し(6)、また

汚れた霊につかれた人からはその悪しき霊が大きな声を出して出て行きますし、中風の者や足のなえた者が治ったのです(7)

 

このようにしてピリポの熱心な宣教と不思議なわざのゆえに、サマリヤ人を改宗させたことは、“もう一つの奇跡”ともいえることです…

→ユダヤ人とサマリヤ人という民族主義的な非難の応酬が、

→聖霊のわざによって解決され…

→ユダヤ人とサマリヤ人とは結びつけられたのですョー

このように、

民族的確執という 暗黒の世界に来られたイエス・キリストの福音は、それが語られ受け入れられるところに大きな喜びをもたらさずにはおかないのです、と…

→現代に生きる我々も、続いてやまない気候変動、コロナの蔓延、ロシヤによるウクライナへの無差別攻撃が留ま

 ることなく続けられ、暗い希望の見えないこの時代にあって

→いやこのような時代であるからこそ、聖霊に満たされ、聖霊の力によって主イエスの福音を熱心に宣べ伝えるも

 のとならなければと思わされますネー

 

2.     魔術師シモン

2.1魔術師シモン(9~13)

ピリポが伝道したこのサマリアの町に、シモンという一人の魔術師がおりました。彼も不思議な業をすることが出来た人のようです。サマリアの町の人は、このシモンを「偉大なものといわれる神の力」と言って、心を奪われておりました。

魔術は、ある種の技術や秘密の呪文を用いて、神の力を統制しようとする試み→と定義されます。使徒の働きでは、このような魔術の行使にはすべて低い評価をします。

これに対しキリスト者の“祈りの力の結果”

→それは神の恵み、霊の力の結果であり、魔術のことではありません

→その賜物は驚くべき、身に余るものであり、操作したり、制御した

りすることはできませんネー

 

ここでは魔術師と言っても、二千年も前のことです。占いをしたり、呪文を唱えて病気を治したりということが普通になされていました。

 

2.2魔術師シモンの裁き(18~24)

どうして魔術や占いがいけないのか。それはこのシモンの言葉に表れています:

18 使徒たちが手を置くと御霊が与えられるのを見たシモンは、使徒たちのところに金を持って来て、 

19「私が手を置いた者がだれでも聖霊を受けられるように、この権威を私にも下さい」と言った。

 20 ペテロは彼に向かって言った。「あなたの金は、あなたとともに滅びるがよい。あなたは金で神の賜物を手に入

   れようと思っているからです。

1819節のように、シモンは、聖霊の賜物を金で買えると考えていたのです:

ここには、神に対する畏れはありません

・彼が欲しがっていたのは、神の力であり、不思議な業であり、それを自分で思い通りに使うことが出来るという

 ことだったのです

 聖霊は神の霊であり、キリストの霊であり、神です。ですから私たちには、聖霊を自由に使うなどということは出来るはずもありません。

私たちが聖霊を所有し使うのではなく、私たちが聖霊なる様のものとなり、用いられるのです:

  →福音の賜物は魔術ではありませんし

  →福音の賜物は売り物でもありません 

 シモンは、自分が主人であり、自分が魔術によって奇跡を行うことが出来ると考えていた。あくまでも自分が主人であり、神とは自分の利益のために利用する存在でしかなかったのです。

 

ここで出会ったシモンは、キリスト教がエルサレムから世界に向かって出て行った時に最初に出会った、戦わなければならない魔術師でした。

しかし、これはシモンという魔術師個人との戦いということではなかったと思います:

・戦う相手は

→魔術師シモンを生み出すような宗教土壌

神を信じるのは自分が目に見る利益を得るためという風潮であり

・キリスト教会はそれと戦い、福音を伝え、神の御心に従って神と共に歩む民を形成していくという戦いでありま  

 した 

 現代の日本にも、魔術師シモンのような存在はいくらでもおりますし、占いや病気を治してもらうために宗教を求めるという風潮は根強いものがあります、ネー

私は、この日本における伝道の最大の障害は、自分の利益の為に神を利用することしか考えない日本人の心、それこそ最大の障害だと思いますネー:

・何かの宗教を信じる。その見返りとして、神から目に見える幸をもらう→健康であったり、家内安全、

 商売繁盛、受験の合格、安産、交通安全、挙げればきりがありませんよー

・それを求めることが悪いのではなく、神をそれらを得る為の道具としか見ないこと←ここが問題だー

 

まことに神を畏れ、敬い、愛し、信頼し、神の御心を行う者として生きる。神の御支配の中に生きる→それが神に造られた者としてのまっとうな生き方だと思いますよー

魔術師シモンは自分の力を誇りました。しかし、聖霊なる神に用いられる者は、決して自らを誇りません。自分の力によって為されたのではないということを知っているからです。

 

3.     ペテロとヨハネの祈り(14~25)

今日の御ことばで、少し分かりにくい所があります→1617節です:

16 彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだだれにも下っておられなかったからである。

17 ふたりが彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。

 

 洗礼を受けたなら、私たちはキリスト者となり、キリストの霊である聖霊を受け、父なる神に向かって「父よ」と祈ることが出来ます、ネ

祈ることが出来るということは、聖霊を受けているという一つの明らかな「しるし」であると、わたしは思います。

つまり、ピリポの洗礼は、ピリポが個人的に授けたというようなものではなくて、ペトロとヨハネという使徒たちによって認められて、教会が授けたものとされたということなのです。つまりここには、「洗礼というものは教会が授けるものなのである」ということが語られているのだと思います。

 

4.聖霊なる神さまの救いのみ業は現在進行中

 キリストの福音は、このユダヤとサマリアの地方にキリスト者たちが散らされることによって、ユダヤ人の枠を超えてサマリア人に伝えられ、

て、主イエスが昇天される時に告げられた預言:

(使徒18

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。

そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、

また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

 

が、すなわちサマリヤの全土に成就されることとなったのです。そしてこれが異邦人のところ→地の果に至るまで、わたしの証人となるの先駆けとなったのですネー…

そして二千年後の今、この日本の津々浦々にまで伝えられてきました。

1903年に英国で生まれたJEBは、バックストンやウィルクスなどの祈りにより日本伝道隊が生み出され、

1905年には神戸伝道館(湊川伝道館)が開設され神戸の地に伝道が開始されました。

それから119年がたった今年2022年には21の教会がつくられています。すごいことではないですか。

 

この神による救いのみ業は、主イエスが再び来られるまで、止むことはありません。

私たちは、この岩出市の地で、この使徒の働きに記されている聖霊なる神の救いの御業の続きをさせていただいているのですネー 

 

時は今大変な終末を思わされる現象であふれていますが、であるからこそ、激しい迫害によって散らされたピリポがあのサマリヤの地で宣教した如く、この古来の宗教が蔓延するこの地にあっても、あのサマリヤに逃れて行った人々のように、救われた私たち一人びとりが、近き隣人から福音を宣べ伝えて行けるように 主に祈りつつ前進してゆきたいと願わされます。アーメン

 

 


2022.8.20 

主 題:ピリポのエチオピア人伝道

聖書箇所:使徒8・26~40

 

(はじめに)

ステパノへの迫害に端を発した 教会に対する激しい迫害が起こり、エルサレムの教会につながっていた者たちは、ユダヤとサマリヤへと散らされて行きました。

そんな中でピリポはサマリヤの町へ下り、なんと→人々にキリストを宣べ伝えましたネー:

・人々はピリポの話を聞き、その行っていた(聖霊の働きの)しるしを見て

・人々は彼の語る“神の国”と「イエス・キリストこそ待ち望んでいた真の救い主です」を信じ

・男も女もバプテスマを受け サマリヤにキリストを信じる者たちがおおぜい起こされた 

→ここまでが前回のところでした、ですね

その働きを見届けた主の霊は、ピリポを新たなところへ、さらに導こうとしていますが、さて、そこはどこでしょうか…?

 

.寂しい道へ導かれる主(26)

26 ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」

  (このガザは今、荒れ果てている。)

そのピリポに対して、「主の使い」がエルサレムから、ガザに下る道に出なさいと言います。ガザに下る道は→(このガザは今、荒れ果てている)と書かれているが、当時は人の行き来がない道で荒れ果てており、寂しい道でありました。

皆さん、

ピリポはどうしてそのような寂しい所へと「主の使い」は命じられたのでしょうか?

神のご計画は、いつも私たちの思いを超えておりますネー

→神は、ここでピリポに一人の人との出会いを与えられるのです

→それは、エチオピアの女王カンダケの高官で、宦官であった人でした

 

たった一人の人との出会い、たった一人の人の救いのために、ピリポは寂しい道に遣わされたのです。神が私たちを遣わされるのは、この一人のためなのではないかと私は思うのですよー:

・私たちは、伝道というものをしばしば数で捉えようとします→何人が洗礼を受けた、何人が信仰告白へと導かれた…と

・私はその数というものは大切だと思っておりますけれど、

→しかしその数というのは、いつでも「一人」が信仰へと導かれることの積み重ねではないでしょうか

 

その人が救われる→その一つ一つの出来事の中に、神のみ業が現れた結果ではないでしょうか: 

・私たちは、いつでも「この一人の救い」のために祈り、時間と労力とを注いでいます

・この人と出会い、この人が救われるために、私はここに遣わされたと思い祈っています

 

私たちがこの現住活会員が一人のこの教会に来て2年を経た私たちの活動から言えること:

・その一対一の関わりというものが、私たちの伝道なのダ―…

・そして、そこへ導かれるのは聖霊のはたらきだー

これが何の力もない私たちが行った宣教活動から言えることと思っています。

 

.エチオピアの宦官の求め(27~31)

主の使いのことばに、立って出かけたピりポが出会った人は、エチオピアの女王カンダケに仕える人でした。

エチオピアというのは、当時のエジプトの南にあった→旧約ではクシュと呼ばれた地域と考えられます。


 

この地域は、当時の世界の果てと思われていた所であり、この地図から見るとエルサレムからは遠く離れた所でした。

そんな遠くから、彼はエルサレム神殿での礼拝に来たのです。おそらく何ヶ月もかけて来た大変な旅だったことでしょう。

彼は、真剣にまことの神を求め、まことの救いを求めて、彼はエルサレムにまで来たと思われます…

→これは神の予言(Ⅰ列王記8・41~43)のとおり、聖霊の導きによると思います。

 

その彼には悲しみがありました。それは、当時のユダヤ教では、「宦官は救われないことになっていた」ということです。宦官というのは去勢された男です。それ故に王宮の中で働くことが出来た人です。

しかし、宦官は決して神の民に加えられることはなかったのです。

(申命記23章)にこうあるからです:

1 こうがんのつぶれた者、陰茎を切り取られた者は、主の集会に加わってはならない。睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることはできない。

 エチオピアからわざわざエルサレムにまで礼拝に来る程の熱心な求道心があっても、彼は決して神の民には加えられず、救いに与ることは出来ない者とされていたのです。

しかし、彼は諦めませんでした。彼はエチオピアに帰る道で、馬車の中でイザヤ書を読んでいたのです。彼はこの時、イザヤ書を読んでいました。どうしてイザヤ書だったのか。それには理由があったと思います。

(イザヤ56章)

1 主はこう仰せられる。「公正を守り、正義を行え。わたしの救いが来るのは近く、わたしの義が現れるのも近いからだ。」

2 幸いなことよ。安息日を守ってこれを汚さず、どんな悪事にもその手を出さない、このように行う人、これを堅く保つ人の子は。

3 主に連なる外国人は言ってはならない。「主はきっと、私をその民から切り離される」と。宦官も言ってはならない。「ああ、私は枯れ木だ」と。

実にイザヤは、56章において異邦人の救い、宦官の救いを告げていたのです。この宦官は聖書をよく調べ「このイザヤの預言」を見つけ、このみことばに期待していたからではないかと思いますネー

 

3.聖書の解き証し(32~35)

この時、ピリポが近づいた時にカンダケの宦官が呼んでいた聖書箇所は、イザヤ書の53章でした。:(イザヤ書53章)

 7 彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれていく羊のように、毛を刈る者の前で黙っている

  雌羊のように、彼は口を開かない。

8 しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの

 罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。 

 あの有名な“苦難のしもべ”と呼ばれるこの箇所を読んでいたのです。苦難のしもべが誰であるかは、主イエスを知っていなければわからないことでした…

 →エルサレムにいて、主イエス・キリストの十字架上での死と、復活された姿をよくよく見て、救われたピリポにとっては、

 この箇所の解き明かしは十分でした

 いや、それ故に聖霊によって、この寂しい所へと導かれたピリポでした。

 しかし、 “苦難のしもべ”と呼ばれるこの箇所は、一体誰のことを言っているのか、旧約聖書しか知らない宦官には分かりませんでした。彼には、イザヤが自分のことを預言しているのか、あるいは他の人物について語っているのか理解できません…

いや、皆さん→この問いこそ、福音の確信に触れるものですネー!

ピリポは聖霊に導かれて、「読んでいることがお分かりになりますか。」と声をかけます。宦官は:

・「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう。」と答え

・そしてピリポに、馬車に乗って聖書を教えてくれるようにと乞い求めるのです…

 

 35 ピリポは口を開き、この聖句から初めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。

ピリポはこの聖書の箇所から説きおこして、主イエス・キリストの福音を告げたのです

→この宦官は、ピリポが語った一回の聖書の説き明かしで、主イエス・キリストという方が誰であり、主イエスの福音とは何  

 であるかが分かりました

→それ程に、この宦官は備えがなされていた ということでしょう

 主は、この時までもこの宦官を導かれ、そして決定的なピリポとの出会いを与えて下さったのです。聖書の急所は、実にイエス・キリストです。主イエスは誰であるのか、主イエスがなされた業とは何であり、誰のためのものであったのか、そのことを知るということです。

 

 現代では聖書は良く手に入りますし、また与えられもします→その日本人は聖書を読んで頭でこの福音を理解しようとしますね→が、頭でいくら読んでも、聖書は分かりませんですよ

主イエス・キリストというお方は誰か、この方によって与えられた救いとは何か、それが聖書が語っている全てです。この宦官は、それが分かったのです。

 

.バプテスマを授けられる(36~40)

36 道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。」

37 異本(そこでピリポは言った『もしあなたが心底から信じるならば、よいのです。』すると彼は答えて言った。『私は、イ

 エス・キリストが神の御子であると信じてます。』」

38 そして馬車を止めさせ、ピリポも宦官も水の中へ降りて行き、ピリポは宦官にバプテスマを授けた。

 

ピリポから、主のしもべ(苦難のしもべ)の受難と従順から説き起こされ主イエスのみわざを知らされたことは、

→このエチオピア人の心の奥深く達し、悔い改めを促し、決意を与える衝撃を起こしました

→求めていた真の救いを知ったこの人は、今や、バプテスマを受けたいと願いました

 

皆さん、ピリポの解き明かしはどんなものだったでしょうか?

おそらく…ペテロがペンテコステの日に人々に勧めた説教のとおりではなかったかと:

「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、

イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。

そうすれば、賜物として聖霊をうけるでしょう」(使徒238

と説いたと思われます、ネー

 

やがて、この宦官とピリポは水のある所に来ました。そして、この宦官は言うのです。「ここに水があります。バプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」、と彼はバプテスマを求めました。

ピリポは、馬車を留めさせて、水の中におりて行き、エチオピヤの宦官にバプテスマを授けました。

 

39 水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られたので、宦官はそれから後彼を見なかったが、喜びながら帰って行っ

  た。

40 それからピリポはアゾトに現れ、すべての町々を通って福音を宣べ伝え、カイザリアに行った。

エチオピア人が福音を通して救われ、信仰を告白してバプテスマを受けました→もはや伝道者ピリポは必要でなくなりました

→ピリポの使命は果たされたからです

そして、聖霊はピリポをエチオピア人から引き離し、アゾトなど別な所へと導かれたことでしょう。

エチオピア人は一人で故郷に帰らなければならない。しかし、彼は救われ→彼は主イエスを知りました。まことの神を拝みたい

と願った人です。彼の喜びはいかばかりであったことかと思います。

 

この宦官が、キリスト教会における最初の異邦人としての受洗者となりました。地の果ての異邦人であり、しかも宦官という、

ユダヤ教においては決して救いに与ることが出来ないとされていた者に救いが与えられ、神の民に加えられたのです

→まさに、イザヤ書56章の預言がここに成就したのです。

民族によらず、血筋によらず、ただ信仰によって救われるキリストの恵みが、ここに具体的エチオピア人の宦官の救いという形

で現れたのです。

この人は、ピリポと別れても救いの喜びはなくなりませんでした。

 

この宦官の名は記されておりません。無名の人です。しかし、エチオピアの歴史を調べてみると:

・エザナ王は、AC320年にはキリスト教に改宗しており

・アフリカにおける唯一のキリスト教国となっていた

この事実は、この宦官のエチオピアに帰ってからの働きと無関係ではないと考えて良いと思われますよー

 

この一人の救いのために遣わされたピリポ。しかし、この一人から神の救いのみ業は広がっていったと言えると思いますネ。

 

皆さん、ここまでの今日の聖書箇所の中に聖霊の導きがいくつ書かれてい

ますか?:

 ・主の使い(26)

 ・み霊が(29)

 ・主の霊(39)

→この短い聖書箇所に聖霊の導きであることが3か所に書かれてあります、ネ この偉大な世界宣教の業が主の約束のとおり、聖霊の助け・働きによってなされていったことを覚えましょう!

 

最後に皆さんで、次のみことばを唱和しましょう:

→使徒1・8

「しかし、聖霊があなたがたに臨まれるとき、

あなたがたは力を受けます。

…そして地の果にまで、わたしの証人となります。」

 

皆さん救いにあづかった私たちもまた、そのような一人としてここに招かれていることを覚えたいと思います。アーメン 了

 

                        


 2022.8.27

 主 題:サウロの回心と召命

 聖書箇所:使徒9・1~19a

 

(はじめに)

今日のみことばには、あのサウロの劇的な回心と主の召命の出来事が記されております。ヘブル語の名前がサウロ、この回心と召命によってキリスト教の伝道者となってからはパウロと呼ばれた人です。

サウロは、これまで読んできたように、彼はキリスト教を迫害する者だったのです。そのサウロに突然、天からの光に照らされ復活された主イエスとの出会いにより…キリスト教を迫害する者から→伝道する者へ、とまさに180度の転換→サウロの回心と召命が起こるのです。

サウロの回心によりパウロと命名された彼により、主イエスの予言のみことば

(使徒1・8)

「聖霊があなたがたの上に臨むとき、

あなたがたは力を得ます。…

  地の果に至るまでわたしの証人となる」

 

すなわち、世界宣教のはじまりとなる→あのローマに福音がもたらされることが…始まるのです。

さあ、その劇的なサウロの回心と召命はどのように なされていったのでしょうか読んでまいりましょう。

 

1.    ダマスコへ向かうサウロ(1~2)

1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、

2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第  縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。

 サウロはパリサイ派に属し、律法学者ガマリエルのもとで教育を受けた者でした。彼は自分の信仰の信念に基づいて、キリスト教徒を見つけては、縛り上げてエルサレムに連れて行くという、キリスト教徒迫害の先頭を切って迫害していた者だったのです…

→あのステパノの殉教以来、ユダヤ教内におけるキリスト教の立場は大変厳しいものとなっていたのです。

 

 

当時のダマスコはローマのシリヤ州の一部とされ、地中海沿岸での通商路の交差する地点にあり、ユダヤ人も大勢居り、会堂もありました…

→その情報がエルサレムにいたサウロのもとにまで聞こえてきたので、サウロはダマスコまで、キリスト者を捕らえるために、大祭司のところに行って、キリスト者を捕らえる権限をもらって、ダマスコへと向かいわざわざ出かけて行ったのです。

  この時、サウロの中には、自分がしていること、しようとしていることに対して、何ら疑ってはいなかったと思います。パリサイ派のユダヤ教徒として、キリスト者を捕らえて根絶やしにすることこそ、神のみ心にかなう事であって、自分はそのために全力を注いでいる…

→そのような自信こそあれ、自分がしていることが神のみ心に反しているのではないか…というような疑いは、少しもなかったと思われますネー

 

2.     復活の主に出会うサウロ(3~9)

3ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。

4彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」という声を聞いた。

5彼が、「主よ。あなたはどなたですか。」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

6立ち上がって、町にはいりなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」

 

 

そのサウロがダマスコに近づいた時です。突然、天からの光がサウロの周りを照らし、サウロは地に倒れました。

光りはサウロにとって、「主の栄光の輝き」でした。地に倒れたサウロの耳に届いた

「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。」

これは神の、人への“呼びかけ”でした:

・ちょうど、モーセが燃える柴から「モーセ、モーセ」と声をかけられた時(出エジプト記34)のように

・少年サムエルが夜に神から「サムエル。サムエル」と声をかけられた時(Ⅰサムエル記310)のように

→サウロは、神に自分の名を二度呼ばれる体験をしたのです

→二度繰り返されたのは、神の人への呼びかけのかたちです

 

サウロの場合は突然でした。彼はすでに旧約を知り、天地を造られた神を知っていたのです…

→パウロの知る「その神が…→イエスであることを知らされる」

それがこの出来事でした。

 

 サウロは、自分に呼びかける声に向かって問いました。「主よ、あなたはどなたですか。」すると、答えがありました。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」、と。

サウロは起き上がって目を開けましたが、何も見えず、人に手を引いてもらって、彼はそのイエスに言われた通りにダマスコの町へと入っていきました。

 

それから三日間、彼は何も見えず、何も食べず、何も飲みませんでした。

彼は、この三日間、何をしていたのでしょうか…

11節を見ますと、神がアナニアに語られた中で、「彼は祈っている。」

とあります…

サウロは三日間、何も見えなくなった中、祈っていたのです

 

3.用いられるアナニヤ とサウロ(10~16)

10 さて、ダマスコにアナニヤという弟子がいた。主が彼に幻の中で「アナニヤよ」と言われたので、「主よ。ここにおります」と答えた。

11 すると主はこう言われた。「立って、『まっすぐ』という街路に行き、サウロというタルソ人をユダの家に尋ねなさい。そこで、彼は祈っています。

12 彼は、アナニヤという者が入って来て、自分の上に手を置くと、目が再び見えるようになるのを、幻で見たのです。」

 

主は、サウロを回心させ、伝道者として召されるために、ダマスコにいるアナニアというキリスト者を用いました。このアナニヤは「律法を重んじる人で、そこに住むユダヤ人全体の中で評判の良い人であった」(2212)。

主はアナニアに告げました:

「立って、ユダの家にいるサウロという名の、タルソ出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置くと、目が見えるようになるのを、幻で見たのだ。」と

 

しかしアナニアは、これに素直には従えませんでした。何故なら、サウロはキリスト者を捕らえるために働いている人であることを知っていたからです。どうして、キリスト者を迫害する者を助けるために自分が行かなければならないのか…と。

アナニアの反論はもっともなことでした。しかし主は、アナニアの反論には答えません。そして言われるのです。

15 しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運

  ぶ、わたしの選びの器です。

16 彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。」

 

「行きなさい。」これは、主の命令です。主はアナニアの反論には答えないのです。ただ、命ぜられました。神には神のご計画があり、それに逆らうことを神はお許しにはならないのです。アナニアは従うしかありません。

 しかし、これは大変なことだったと思います。何しろサウロは今まで、キリスト教徒たちを迫害していたのです。どうして、その人を助けなければならないのか。

その上主は、サウロは「異邦人や王たち、イスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」と言われるのです…

→つまり、伝道者としてわたしが選んだと主は言われたのです…

 

このようなことを簡単に受け入れるわけにはいきません。本当に大丈夫なのか。伝道どころか、教会を破壊するのではないか。そんな不安がアナニアに生じたとしても当然でしょう。

 しかし、アナニアは主の命令に従ってサウロのもとに行ったのです。

 

皆さん、あなたならどうしますか?

この教会にもいろいろな方が訪ねてこられます:

 ・あたしは洗礼受けたいのですが…

 ・アルコール中毒のように見える人が、掲示板を見てはいってきます

 ・私はクリスチャンなのですが、長いこと教会に行ってないの…

 などなど、色々です→しかし、私たちは「前歴は問いません」を原則にして歓迎しています。

 とはいえ、以前教会荒らしをしていた人→受け入れはできたでしょうか?

 

. 目からうろこのサウロ(17~19a)

17 そこでアナニヤは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたの

 来る途中、あなた に現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされ

 るためです。」

18 するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。彼は立ち上がって、バプテスマを受け、

19 食事をして元気づいた

  アナニアはサウロのもとに行きました。そして主が命じられたとおり、サウロに手を置き言いました。17「兄弟サウロ、主は、あなたが再び見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」 

ここでアナニアはサウロに対して「兄弟」と呼びかけています。アナニアの中には、まだ釈然としない思いがあったかもしれません。しかし、主のご計画、主のご命令なのですから、彼はそれに従ったのです。自分の思いは横に置いて、主に従うのです。これが私たちのあり方と思います。

アナニアが手を置いて祈ると、サウロの目は元どおり見えるようになりました。

ここに「目からうろこのようなものが落ちて」とあります…

→これが「目からうろこ」という言葉の語源となっていますョ

→サウロはまさに「目からうろこ」で見えるようになったのですが、

それは、

「まことの神は主イエスであるということが、目からうろこが取れるようにはっきり分かった

ということでもあったと思います、ネ 

 サウロは、すぐにアナニアからバプテスマを受けました。

彼には、新しく生まれ変わったキリスト者として、主イエスから託された使命に生きる生涯に入ることが示されました。

 ここで、

Q は何でもお出来になるのですから、アナニアを用いずにサウロの目を開くことも出来たでしょう。しかし、主は

 そうはされなかった。何故主はアナニアを用いられたのでしょうか

A それは、アナニアというキリスト者を用いることによって、サウロの回心と召命の出来事を教会の出来事とするた

 めであった、とそう思わされますネー

 

サウロの回心と主の召命により→サウロはパウロと命名されました。

その彼により、主イエスのみことば

(使徒1・8)

 「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、

 あなたがたは力を受けます。…

    および、地の果にまで、わたしの証人となります」

  すなわち、世界宣教のはじまりとなる→あのローマに福音がもたらされることが…始まることなのです。

 

 しかし、その世界宣教の業は他のキリスト者たちと協力して、教会を建てていくことでもあったのです:

・パウロは、教会とは無関係に、勝手に伝道するのではないのです

・パウロの伝道が糸の切れた凧のようにならないように、主はその回心

と召命の時から、教会の交わりの中にパウロを置かれました

・そのためにアナニアは用いられたのでありましょう

 

→キリスト宣教の業は、牧師や宣教者のみの仕事ではありません

→教会に連なる人々が、それぞれの持ち場立場の近き隣人への主の証人  

のわざにかかっている…教会のわざにかかっているのです

 

全てに最善をなされる主のみ業に感服し、感謝して主の御名を心から賛美申し上げます。ハレルヤー、アーメン

                              了